​「社会貢献」という言葉が嫌い。私が100人未満の中小企業で「障害者雇用=戦力」にこだわった理由

障害者雇用のあり方
Business Success concept, business people climb the bar graph through a column by column for their success. vector illustration

こんにちは、笠見です。

私はかつて5年間、就労移行支援事業所のスタッフとして障害のある方の就職をサポートしたのち、100人未満の中小企業で人事担当者として障害者雇用を牽引していました。​

当時、私が情報収集をする中で、どうしても違和感を拭えなかった言葉があります。

それが、多くの企業が口にする「障害者雇用は社会貢献」という表現です。

​はっきり言わせていただくと、私はこの言葉が嫌いです。​

そもそも、障害があろうがなかろうが、誰にでも働く権利は等しくあります。それなのに「障害がある」という理由だけで、スタートラインにすら立てない、就職できない社会の構造そのものがおかしいはずです。​

それを受け入れる側が「社会貢献」と言ってしまうのは、どこか他人事で、上から目線の欺瞞(ぎまん)のように感じられてなりませんでした。

​当時、100人未満の私の会社が障害のある方を雇用した理由は、ボランティアでも社会貢献でもありません。

一般採用とまったく同じ、「会社の戦力になるから」。ただそれだけです。​

「戦力」とは、特別なエリートという意味ではない​「戦力として雇うということは、何か圧倒的なスキルや秀でた才能がなきゃいけないの?」​そんな声が聞こえてきそうですが、はっきり言うと、「はい、その通りです」。

当時、私たちがいたのは予算もリソースも限られた中小企業。大企業のように「数合わせのために、誰でもいいから席を用意する」なんて余裕はありません。選考の基準は冷徹なほどシンプルに、「戦力になるか、ならないか」でした。

​ただし、ここで言う「戦力」とは、何でも完璧にこなせるビジネスエリートという意味ではありません。​

たとえば発達障害のある方であれば、特性による「凸凹(でこぼこ)」の、「凸(強み)」の部分が圧倒的に尖っていることがあります。

ある特定の業務において、誰にも負けない、比較できないほどの集中力や正確性を発揮する。それこそが、中小企業が喉から手が出るほど欲しい「戦力」です。

​私は徹底して、その人の「強み」だけに着目していました。「凹(弱み)」の部分なんて、周囲のメンバーでカバーすればいいし、仕組みでどうにでも解決できます。お互いに助け合っていけば、現場はなんとかなるものです。

​「社会貢献」から「戦力」へ、常識を変えていく

​法律の義務がない100人未満の規模だからこそ、私たちは綺麗ごとを排除し、「本人の強みを最大化して売上に貢献してもらう」という本気の雇用を実践してきました。

​「障害者雇用=社会貢献」と捉えているうちは、いつまでたっても福祉の域を出ず、本人が本当の意味で職場で対等に輝くことはできません。​

障害者雇用を、企業を強くするための「最高の戦力化」として捉える会社が、日本中にもっと増えてほしい。

そして、志を同じくする人事の仲間たちと、強みを活かし合える現場の仕組みをたくさんシェアしていきたい。​綺麗ごとを抜きにした「本当のダイバーシティ」のヒントを、これからもこのサイトから発信し続けていきます。

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